モノノノノノ

もやっとした時にもやっとしたことしか書きません。簡素に生活しつつ、マッチョになりたいです。

年末2017

もう年末だ。

会社も有給取って一足先に年末休暇に突入した。

なんだか12月はあれよあれよと過ぎて行く。

青島太平洋マラソン出走に始まり、年賀状準備、妹の出産、達成しない売上、年末駆け込み需要、その合間にソラニン改訂版、陸王シュタインズゲートに忘年会、加えて次のマラソン目標、妊活と勝手に心も頭もいっぱいになってしまう始末。

 

年末は地元に帰らず、東京で過ごす。妻と2人なので割と暇だ。今から何か楽しい事をやろうと思う。

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年忘れ

会社のチームで忘年会をした。池袋の安居酒屋で、ワーワーピーピー騒ぐだけのなんとも楽しい忘年会であった。

最近思うのだが、人は忘れる事で正常な意識を保っているものと思われる。もう、忘れたくてたまらないのだと。本気でまじめに全てを頭の中に入れてしまうとパンクしてしまいそうになるのだ。少なくとも僕は。

運動であれ、酒であれ、何も考えない、時間を忘れ、ある事に没頭して、古い自分に不要な記憶を忘れようとしているに違いない。

 

頭が痺れるほど酒を呑み、ふざけた話を延々とする。売上の事なんか忘れて。

 

何なら昨日どうやって帰ってきたかも忘れている。二日酔いだ。今日は仕事のことも忘れたいくらいである。

そう思うと忘れる事はできてるっぽいので、良い忘年会だったのかもしれないな。と、エクセル資料を作りながら思うのであった。

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野球の記憶

会社のイベントで週末草野球をやってきた。

会社の偉い人が広範囲にわたるお誘いメールを出したにもかかわらず、人が足りないという悲しい背景のもと、僕も参加する事にあいなった。

野球は本格的にも、定期的にもやってたことはなく、今回が10月に続いて2回目だ。体を動かすことは嫌いではないが、野球は難しいと思う。ボールが怖え。

僕が小学生のとき、夏休みには4年生以上の男子で地区対抗ソフトボール大会があり、夏休みの前半だけ夕方に八百屋のオヤジがソフトボールを教えてくれた。田舎だったので、場所は結構あって、小学校や農業試験場と呼ばれる施設の広場など、二、三ヶ所あった気がする。僕の地区には経験者はいなかったが、不思議とみんなできるようになっていった。

平日の夕方にソフトボールを教えてくれる人なんて、今やそうそういるとは思えないが、その経験のおかげで僕は大人になっても、最低限バットもグローブも操れるのだから、八百屋のオヤジには感謝しかない。

草野球は大して上手くもなく、結果も負けたが、楽しく過ごせたのは間違いなく、八百屋のオヤジのお陰だな、と当時のことを思い出した。

 

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退社して即効ビール煽るやつ

最近時々、仕事終わりが遅くなると、家に帰らずコンビニに向かい、ビールを一本だけ買って、即効呑むみたいな事をやっている。なんなら気のいい後輩も、誘ったりしている。

 

こう、なんというか、飲みに行きたいけど、そこまでではないし、でもなー、という感じの心のモヤモヤを埋めてくれるので僕は案外気に入っている。

 

寒くなり、人も少なくなった豊洲の一角で、ビールを煽る。他愛もない会話も、飲み会ほど盛り上がらないけど悪くない。後輩がどう思っているか僕は知らない。

 

嫌じゃないといいけれど。

取立屋の憂鬱

僕は一昨年色々あり、実の両親にお金を貸し、今は定期的に返してもらう様にしている。

 

少し前までは思っていたよりスムーズな返済がされてきたが、ここにきて色々と出費があり、2、3ヶ月滞っていた。ただ、理由がわかっていた事と返済目処が立っていたので割と容認していた。

 

ただ、実子である僕は納得できても、血の繋がらない妻は納得がいかない。他人だから当然ではあるのだが、一昨年のいざこざにより、妻の中のうちの両親の信用残高はとっくに0を振り切りマイナスであり、容認などできないのである。僕の中の信用もほぼ無いのだが、どうしても育ててもらった恩と情が働いてしまう。

 

この場合、取立屋は当然実子の僕となる。それはいいのだが、無いものを出せとは言えないし、老人なりに頑張る両親は分かるが、被害者である妻は間違いなく何を言っても正しくなってしまう。

 

それも、最悪どうでもいい。もっと嫌なのはこの話のたびに険悪になる夫婦仲である。

 

どうにかならないものか、いつも悩み胃がキリキリする。

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青島太平洋マラソン 2017

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腰の不安を抱えたまま、初マラソンのため地元宮崎で青島太平洋マラソンに参加しました。12/10開催。


結果は5時間で完走。

太ももと臀部、右足首のテーピングと、CW-Xのタイツの力を借りてボロボロになりながらの完走でした。最後はほぼ歩いてた。。


全くの練習不足、オーバーペースにより後半は地獄(しかも雨)の様なきつさでしたが、マラソンを走って完走出来たことに割と満足しています。走ってみないとわからない事を沢山知れて、良い経験になったなあと。自分の遅さには愕然としましたが。。悔しい。


地元宮崎の景色と、ボランティアや応援してくれた方にはとても元気を貰いました。応援に来てくれた妻と家族にも感謝です。ボランティアの高校生達はとても元気良く、健気で、僕も地元で高校生してた時はこんなだったかな?と思うくらい爽やかでした。(このマラソン大会は高校生ボランティアが有名らしい)


そして腰は、全く痛まず、むしろ走って快調な気さえしています。前太ももと足の小指の水ぶくれは酷いですが、筋肉痛もほぼ治りました。


しばらくはリカバリー期間に入りますが、次の目標を考え中です。


北区赤羽マラソン クォーター

10月14日に、腰の復調を確認すべく、北区赤羽マラソン(クォーター)に参加してきました。

復調しているかを見るためなので、会社の後輩(ランナーではない)を誘って参加してみたという経緯です。

とりあえず、キロ6分くらいでゆっくり様子見てみよう。
と、思っていたのですが、後輩は20代で若く、初めてのレース参加でほかの人にペースを上げられたのか、前半をキロ5分強で快走され、思わず闘争心に火が付き、結局55分のキロ5分10秒程度で完走しました。(後半で後輩はぶち抜いておきました)

前回が52分だったので、遅くはなったものの、想定外に走れたことは、うれしいことです。ネガティブスプリットで走りきれましたし。よいペース配分だったなと。ただ、久しぶりのスピードに足の疲労もなかなかのもの。しばらく、走れていないつけはしっかりと感じました。

腰は快調に向かっている・・・ただ怖くて、うかつに走れない。
レースまではあと1か月です!どうする俺!?