モノノノノノ

もやっとした時にもやっとしたことしか書きません。簡素に生活しつつ、マッチョになりたいです。

ここ最近の野菜

最近よく料理をするようになった。特に転職し、業務時間が安定してから、衣食住にまつわる洗濯、炊事、掃除に手をかける事も時間も増えた。

料理と言っても、凝ったものは作れない。あくまで簡単なもので、かつ野菜中心のものだ。野菜はお肉と比べて日持ちするし、旬の物は安く、ほとんど生で食べられる。あとお肉と比べて、食べたあと身体が軽く瑞々しさを感じられる。それに、eat and runの影響もある。

野菜を1種類だけ食べるより、数種類が混ざった方が味も食感も複雑になって楽しい。炒めたり、煮たり、混ぜるだけのサラダにしたり。

暖かくなって、季節が変わると、スーパーに並ぶ野菜の変化に気づくようになった。値段も変わり、冬に安かったものは高くなり、旬の物は安くなる。春先あたりから調理してみて、これはいい!となった食材が2つある。カブとズッキーニだ。

カブの事を丸い大根位に思っていたがとんでもない。断然、柔らかく、甘い。火もよく通るので余り調理しなくても良くて、味が染みやすい。僕は炒めるのが好き。

ズッキーニも西洋のキュウリ位に思っていたがとんでもない。瓜ではあるだろうが、歯ざわりが丁度良く、煮てよし、火を通してもよし、生でも僕は食べられる。サラダに入れるのと、軽く炒めて焼いた厚揚と食べるのが僕は好き。

2つに共通しているのは食べごたえと、扱いの簡単さだ。家であまり凝った料理は要らないし、作れないと思っているので、ここ最近はこの2つの野菜はとても重宝している。

過去のお金

お金はひとを狂わせる。狂った人はお金、そして自分をコントロールできなくなり、次は人生が狂う。

よくありそうな話だ。

お金がある時は良かった。好きなモノを手に入れて、周りはチヤホヤし、彼を恐れ、言いなりになった。だが、今はどうだ。誰も彼の話を聞きたい人間はいない。一度大金と偽物の幸せ、パーフェクトな自分の虚像、自分は頑張ってきたという自負は、彼の言葉を卑屈にさせ、つまらなくさせた。何を言っているのかもあまり理解できない時さえある。

昭和の成功者とでも言うのだろうか。団塊の世代のリーダーだろうか。男尊女卑にも似た亭主関白で内弁慶、外面は良い。高度経済成長期よろしく仕事はバリバリ、土日はゴルフで、夜は酒か麻雀。お金は自分で管理して、遊び、女遊びもそれなりに楽しんだ。文句があるなら言ってみろ。金を稼いでいるのは俺だ。不満があるならもっと稼いでやる。文句言うんじゃないぞ。お金を稼いでいるのは俺だぞ。

戦後間もなく生まれ、何も無かった苦しかった時とは比較できない。彼は欲しいものを手に入れた。何でも言うことを聞く妻と子供も手に入れた。

今は誰も彼の話を聞かない。誰もが彼の話がつまらないのを知っている。彼にはもうお金もない。

彼はお金を手に入れた。
でももうそれはない。

過去のお金は意味がない。
過去のお金は彼に虚像だけを与えた。

彼は戻り方は知らない。

山を走ってみた

先日、4月のとある週末に山に行った。場所は埼玉の秩父方面。友人がキャンプに行こうというのだ。ただこのキャンプ、オッサンだけであーじゃないこーじゃないと、お酒で呂律が回ってない状態で騒いだ挙句、近くのキャンパーに毎度迷惑をかけるという割と生産性の低めで、とびきり楽しくくだらないイベントなのだ。しかも、山に来たのに山らしいイベントはバーベキュー(と酒)ばかり。少し物足りなさ(と馬鹿さ)を感じていた僕は前々からやってみたかったトレイルランニングを一人でやってみようと思い立った。

初心者でも行けそうなコースが近くにある事を調べて、とりあえず手元にあるランニングウェアに身を包み、1人山道へ向かった。

山に登るとなると、やたらと装備を揃えろみたいな事言われるが、それは順番が逆でまずは山に登んないと山が楽しいことも分からないし、とりあえず行くことにした。ショッピングしたいのか、山登りたいのか分からなくなる状態は避けたかった。

結果から言うと楽しかった。山に行くのは数年ぶりでドキドキしたし、山を走るという新鮮さも素晴らしかったと思う。

ただなんだろうか。山に行くこと自体になかなかの大変さを感じたのも確かだった。それなりに移動費もかさむ。時間もかかる。身体もバキバキだ。あの心地よさを思い出し、もっと行ってみたいと思いながらも、この気だるさと迷いはなぜか拭えない。ナニこの不思議な感じ。

憧れのトレイルランニングをやれたのに、本当のトレイルの楽しみを知るのはまだ時間がかかりそうな気がする。

嗚呼。

ゴールデンウィークが終了した

読んで字のとおりだが、ゴールデンなウィークは終了した。今年は2日ほど休みを取れば10連休という、まさにゴールデンなウィークであったようだ。

世間様にとっては。

僕はと言えば、毎年のことながら有給を取ることもなく平日は出社し、休みだろうとあまり出かけなかった。せいぜい、バスケして自分の下手さを怨み、家族と食事をし、池袋辺りをウロウロしたぐらいだろうか。あとは衣替えと掃除をしていた。

この人の多い期間に、わざわざ人の多いトコロに行くなんて気が触れてるとしか思わないため、どっかつれてけと毎年ヨメからのブーイングを頂く。今年は呆れられていた様な気もするが。

去年のゴールデンウィークの事は思い出せないし、多分同じ様な感じ(か、仕事していた)だと思うのだが、今年は盛大に掃除をした。まさに捨て魔と化した。

自分の服は最低限になるようにした。スーツ関係とアウター以外はおおよそ、引出し一段分に抑えた。加えて写真やアルバムをスキャンし、捨てられるようにした。使わない家電もこれから捨てる。

おお、やった。

さらに嫁にも着ないものは捨てさせた。かなり納得はいっていない雰囲気ではあったが、45Lのごみ袋にすると嫁一人で7、8袋は処分していた。

やった。

嫁は物をかなり持ちたがるタイプなので、よく頑張ったと思う。それでもニットだけで10着は残していた。多分、7着は来シーズン買い替えられそうな気がするが。

今まで、割と何も嫁の持ち物については強く言わないようにしていたが、去年の個人的なミニマリズムブームと冬物がアチコチに散らかりのピークが重なり、捨て魔と化したわけだ。

ヨメのご機嫌取りに、酒を飲みに連れていき、買物や母の日のプレゼントには盛大に散財した。

書いてて、つまらなそうなゴールデンウィークだなと改めて思った。いつも通りなので僕は割と幸せだけれど、来年は何かしたい。人が少ないところがいい。のんびりして美味しいものを食べたい。今のところイメージ湧かないけど、来年はちゃん思い出を作りたい。

嗚呼、Kobe Bryant

先日、NBAのスーパースターKobe Bryantが現役を引退した。彼の功績については、僕が書くよりWikipediaYouTubeを見た方が早いし正しい。

僕は漫画SLAM DUNKを読んでバスケットボールを始めた世代で、Kobeはその当時圧倒的な人気を誇っていた。彼のプレイや姿勢は当然なのだが、Michael Jordanと同じポジションで、ポストJordan、つまり次世代のNBAを担うのは誰かと言う話題性もあり、当時のエースはそのシューティングガードのプレイヤーが多かった様な気がする。なので人気を集めやすい立ち位置、戦略が流行っていたのかもしれない。

僕がNBAに興味を持った当時はNHKBSは何故か、MagicとKingsの試合が多かった気がする。ポストJordanの筆頭Pennyや、Chris Webber率いるオフェンシブなチームが話題だったためか、あまりKobeのいるLakersの試合を見る機会は少なかった。しかし、彼のプレイ、特にジャンプシュートは印象深く、後々に動画を馬鹿のように見た。

僕自身は試合には全くからっきし出れなかったし、上手いと言われたこともなかったが、Kobeの様にプレイしたいと思った。

そのKobeが引退したのだ。

シーズンの初め、テレビで試合の様子を見て、Kobeの元気が無いことは分かった。言葉数少なく、プレーに覇気はなく、キレも悪い。エアボールが目立った。チームも再建にあてるシーズンのためか、負けがかさんでいた。Kobeはシーズン限りでの引退を発表した。弱ったKobeを見るのは寂しかった。本人はもっと辛かったろうと思う。いつか人は今までやれてた事がやれなくなるのだ。
身体のせいか、心のせいか。

Kobeの引退試合は60得点したKobeがチームを率い、逆転勝ちすると言う劇的なものであった。素晴らしい。


久しぶりにバスケットボールをやった。Kobeの引退試合の興奮冷めやらない僕はブランクありありのオッサンである自分を鼓舞した。少しでも良いプレイをしたいと思った。ただそんなに世の中うまくできてはいない。下手は下手だ。練習もしてなければ当然のこと。いつかでもなく、すでに僕は今までやれていたことはできなくなっている。身体のせいか、心のせいか。いや、もとからの様な気もする。

僕は何のためにバスケットボールをやっているのだろう。下手になっていく自分を見たい奴などいない。では何故。
Kobeと自分を重ねる事なんぞおこがましくて出来るわけ無いけれど、できなくなる自分をどう頭の中で処理すればいいのか。バスケットボールをしたいのか。

誰しもいつかはバスケットボールをしなくなる。楽しいバスケットボールを見る側になる。それでもいいのかもしれない。バスケットボールを楽しめれば。

嗚呼、Kobe。貴方でさえもバスケットボールコートを去った。僕にはバスケットボールを続ける意味はあるのだろうか。

都会に住みたいと言う田舎者の欲望について。

何を隠そう田舎者の僕である。
英語圏への語学留学の際には、日本語が訛りすぎて、同じ日本人同士なのに英語も日本語も通じてるか微妙だったのも僕だ。

今のところ東京都内に身を置いたり、物への執着に勤しんだ20代を過ごしたのは、何も無い田舎で育ち、大都会に夢を見たところに起因していると思われる。

嫁も似たような感じの田舎者だ。いや、僕より田舎の人だ。

その二人が考えた野望は「山手線内に住んでみたい」と言うものである。割と田舎育ちの都内在住の人にはわかるのではないだろうか。都会の自転車通勤とかに憧れたりするのだ。しかも5分とか言う短時間限定。(田舎ではアホ程時間をかけて自転車通学したので、長時間はイヤ)

先日、かなり好条件の物件を見つけ、内覧に行ったのだが、その値段設定と狭さに愕然とした。ロケーションは問題ないのだが、パンピーサラリーマンの僕には、住めなくもないが、それだけの賃貸費を出すほどの価値を見いだせなかった。それは余りに狭いから。明らかに今住んでいるとこにあるものをすべて持っていくと、その部屋は居住スペースと言うより、物置に様変わりしそうなイメージが頭に浮かんだのだ。

ロケーションだけでなく、水周りの設備に関しても何の文句も無い物件だが、僕達は諦めることにした。

もしかすると憧れの山手線内に住めるのではと盛り上がっていた僕らは肩を落とした。僕は多すぎる所有物さえ無ければ住めたかもしれないなと思った。東京の部屋は狭い。物を減らして暮らす事はフィットするに違いない。改めて簡素な暮らしをしたいと、嫁に告げた。ちょっと理解できないと言うように軽く首を振ったヨメは「もっとお金があればもっと広いとこに住める」と言った。僕はその正論はキツイな。。と思いながら口を閉じ、苦いコーヒーを口に運んだ。

自分の怪我遍歴

「あなたは身体が弱い」彼女は僕にそう言った。男としてはそんなこと言われたら少なからずショックだ。彼女(嫁)の言うところの「身体が弱い」と言うのは、よく病気をしてしまうとかでは無く、怪我したりして、肉体、筋肉や骨の強靭さを指している。ムッとしながらも、先日嫁に腕相撲で真剣(ガチ)に負けてしまった僕は何も言えなかった。嫁は逆で風邪はよく引いたりするが羨ましいほど筋肉がつきやすい様である。

しかしながら、確かに弱い。脚と足にの怪我は数え切れないし、さる腕だし、しかもクズと来ている。嫁にはよくこわい人に絡まれたら、全力で逃げるように日常的に指示されており、一番身近な人から見ても強さが見て取れないことは分かる。

ここで自分の怪我遍歴を棚卸ししてみようと思う。自分の身体の弱さを再認識しようというわけだ。

小学4年生のとき右足首ひねって泣いてからというもの、高校生の時にバスケットボール部に所属した時をピークに社会人になってからも足首を中心として往々にして痛めてしまっている。嫁からは手長ザルなどと不名誉なあだ名をつけられ、初心者向けのヨガ教室で腰を痛めたりもした。松葉杖も3回はついた記憶がある。

しかもアホな高校生だった僕は、多少足が痛くても部活をする事を優先していたのだから呆れる。高校3年生の冬、大学生になる前には、実は右足首の靭帯が1箇所切れてる事が分かり、アホな僕は手術もリハビリもすることなく過ごすわけだが、大学時代も事あるごとに足首をひねったりしたため、運動後は必ず痛み、段々と慢性的なものに変化し始めた。

そして今、外反母趾、足首痛があり、その影響で膝が痛くなったりすることもしばしばである。

ざっと覚えているだけでこれである。しっかり治さなかったことが今の生活にも悪影響を及ぼしていると考えると、後悔する部分も多い。タイムマシンがあるのなら高校生の自分に徹底的な休養とリハビリ、メンテナンスを勧めたい。それと、好きな女の子には振られるからしつこく告白したりしないように言っておきたい。

坊主頭の馬鹿な高校生には休む事さえ難しかったのかもしれないが、懸命な人には未来の事も考えて若い時からしっかり治療やメンテナンスに勤しんでほしいと思うばかりだ。